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【読書メモ】バカが多いのには理由がある

バカが多いのには理由がある

2012年から2014年までの時事コラム。

P18
最初に「バカ」の定義をしておきましょう。
本書でいう「バカ」は、ファスト思考しかできないひとのことです。それに対して賢いひとは、訓練によってスローな思考が身についています。

確かに、ファスト思考(直感)で物事を判断すること多いです。
特にネットの記事。全体を通して読まずに、抜き出された一文のみで反応してしまっていることを顧みて、反省の嵐。

政治・経済については勉強してこなかったから(興味がもてなかったから)、あまり深く考えなかったのですが、これを機にスローな思考を身に付けたいなと。

政治的な立場から捉えた最新の政治事情。
なるほど、政策がほとんど変わらないのは、こういう背景があったんだ!と納得。

P29-
近代社会は民主政(デモクラシー)を前提に成り立っています。

① 自由を求める「自由主義」
② 平等を重視する「平等主義」
③ 共同体を尊重する「共同体主義」

政治思想には、「自由主義」「平等主義」「共同体主義」のほかに、もうひとつ極めて影響力の大きな立場があります。それが「功利主義」です。

功利主義は経済学ときわめて相性がいい政治思想です。
近代経済学というのは功利主義的な理想社会をつくるための(社会)科学です。この政治思想は、一般に「新自由主義(ネオリベ)」と呼ばれます。

政治思想を考えるうえでの出発点は「すべての理想を同時に実現することはできない」ということです。

 

P35-
民主政では選挙で相手より多くの票を獲得した候補者が当選します。自らの政治的信念はどうであれ、政治家はできるだけ多くの有権者から支持を集めなければなりません。こした「合理的行動」によって、すべての政党は有権者の平均的な政治的立場に近づいていくはずです。
これが政治学でいう「中位投票者定理」で、社会階層を背景にかつては真っ向から対立していたイギリスの保守党と労働党の政策が、いまでは区別がつかないまでに酷似している現象をうまく説明できます。

日本でも政治の主流はリバタリアン右派(コミュニタリアン左派)と、リバタリアン左派(リベラル右派)に位置しています。これは一般に「中道右派」「中道左派」と呼ばれます。
中道右派は、伝統と重視し、自由な経済活動を尊重する立場で、安倍政権はその典型です。中道左派は、個人の自由を最大限に認めつつも社会保障の充実や経済格差の改善を求める立場で、短命に終わりましたが民主党の野田政権がこの位置を占めていました。

オールドリベラルとは、財政支出を拡大して社会福祉を充実すればみんなが幸福になれる、と考えるひとたちです。それに対してネオリベラルは、福祉国家は持続不可能だとして、市場原理を活用した政府(行政)の効率化を求めます。
日本においては2012年12月の衆院選と13年7月の参院選で、労働組合などの支援を受けた民主党や生活の党などのオールドリベラルがほぼ壊滅し、自民党(安倍政権)に日本維新の会やみんなの党(+結いの党)を加え国会議員の大半がネオリベになりました。しかしこれは日本の右傾化ではなく、財政状況を考えればそれ以外に選択肢はなかったのです。

 

P101
ところで、リベラル勢力はなぜ日本の政治からいなくなってしまったのでしょうか。

リベラルはリベラリズム(自由主義)の略で、その根底にあるのは自由や平等、人権などの近代的な価値に基づいてよりよい社会をつくっていこうとする理想主義です。
リベラルが退潮したいちばんの理由は、その思想が陳腐化したからではなく、理想の多くが実現してしまったからです。

社会がリベラル化するにつれて、「いまのままでじゅうぶんだ」という穏健な保守派がマジョリティになるのは先進国に共通しています。
日本のリベラルはいま憲法護持、TPP反対、社会保障制度の「改悪」反対、原発反対を唱えています。こうしてみると、原発を除けば、リベラルの主張はほどんどが現状維持だということがわかりましす。

 

以下、気になった文章をメモ。

P64
憲法とはもともと、暴力を独占する国家から国民の人権を守るためのものです。
立憲主義の立場からすると、憲法は国民が国家を拘束するためのもので、国家が国民に説教するのは大きな勘違いです。

P70
歴史の反省を踏まえれば、戦後日本の最大の課題は、軍という巨大な暴力装置を厳重なシビリアンコントロールの下に置くこと以外にありません。それは軍を、国土と市民を守るための組織として憲法に規定し、その権限と活動の範囲を法によって定め、内閣の決定に服従させることです。

P126
ブラック企業をなくすには”イエ”化した文化を変えるしかありません。
問題は、正社員が”イエ”にとりこまれ、無制限の献身と服従を要求されることです。

P137
政府が「待機児童ゼロ作戦」を始めたのは小泉政権時代の2001年ですが、それから13年経ったのに事態はまったく改善しないばかりか、ますます悪化しています。このようなことが起きるときは、たいていどこかに構造的な原因があります。

経済学では、事業者に補助金を払って市場を歪めるよりも、市場原理を働かせながら、サービスを必要とするひとを直接援助したほうがずっと効率的なことがわかっています。しかしこれは既存の事業者にとって最悪の改革ですから、彼らは子どもを犠牲にして既得権にしがみつき、自分たちの利益を守ろうとしているのです。

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